「漢方薬は薬局で買える」ため、医師が処方する必要はない?
妊娠中、授乳中にも安心な漢方薬。その値打ちをあらためて確認したいものです。 2009年11月11日、内閣の行政刷新会議の事業仕分けの中で「漢方薬を健康保険適応から除外する」という案が出て、ワーキンググループ15名中11名が賛成したということです。
保険からはずすべきだとする理由は「漢方薬は市販品類似薬であるため」。市販品類似薬とは、医師の処方がなくても薬局で買える薬のことです。漢方薬のほかにビタミン剤、弱い健胃剤、鎮痛内服薬などが含まれます。
行政刷新会議ホームページにも明記が
行政刷新会議ホームページからダウンロードできるワーキンググループ配付資料にも、確かに「市販品類似薬の薬価は保険外とする」「湿布薬・うがい薬・漢方薬などは薬局で市販されており、医師が処方する必要性が乏しい」などと明記されています。
これを受けて(社)日本東洋医学会など4つの団体が反対の署名運動を展開し始めました。どうしてこんな案が賛成されてしまったのか、私も大いに疑問です。
医師の7割が漢方を処方している
現代において漢方薬は、西洋医学の弱点を補う重要な手段として、医師から熱いまなざしを浴びる存在です。医学教育のカリキュラムにも入っており、7割の医師が漢方を処方しているという調査もあります。妊婦さんは風邪を引いたら漢方薬が出されることがとても多いので、特に漢方のありがたさをご存じでしょう。
保険からはずれたら、漢方薬を買うときの負担額は3倍以上に
漢方薬は確かに薬局でも買えます。しかし、薬局で漢方薬を買う場合は、医師がいないので身体の診察はできません。ですから、自分の状態を言葉で表して相談することしかできません。そして全額を自費で負担しなければなりません(保険の自己負担が3割負担の方なら3倍以上のお金がかかるということです)。そのため経済的な理由で治療が中途半端に終わる例も珍しくありません。
この漢方薬は、実は特に産婦人科領域で大事な薬なのです。不妊治療で使う人も多いし、妊娠、出産のトラブルにも有効だからです。
漢方は妊娠中も安心して飲める薬が多い
たくさんのお母さんを診てきた横田直美先生(兵庫県尼崎市・よこたクリニック院長)は言います。
「漢方薬には婦人科の『三大漢方』の筆頭である当帰芍薬散(とうきしゃくやくさん)をはじめ、妊娠中にも安心して飲める薬がたくさんあります。産前、産後は漢方の得意分野なんですよ」
ご自身も二回の出産を経ている横田先生は、漢方がこの時期にいかに頼もしい味方であるかを長年の経験から実感してきました。
貧血、むくみ、切迫早産などは漢方薬が得意な症状
「漢方を飲み始めると貧血やむくみの悩みが改善しますし、『安胎薬(あんたいやく)』と呼ばれてきた胎児を護るお薬もあるんです。これは切迫流早産と言われた方の出血がおさまる薬なんですね。
漢方薬は、効果がはっきりしない民間伝承だと思われる方もいますが、これは中国に端を発して2000年の時を経た高い医療文化なのです。最近は科学的な検証も盛んにおこなわれるようになりました」(横田先生)
西洋医学がボクシングなら、漢方は合気道
日本東洋医学会のサイトには漢方薬の効果を調べた研究が多数紹介されていますが、そこには「切迫早産の時に張り止めの薬と漢方を併用することで副作用が和らげられる」という研究も紹介されていました。漢方は、西洋医学の薬と併用する使い方も注目されています。
「漢方は『自然とのコラボレーション』で治療を進めるものなので、西洋医学だけの治療より身体に優しくなるんですよ。西洋医学がボクシングだとしたら、漢方薬は合気道かもしれませんね」
産後はマタニティブルーをやわらげ、疲労をとって母乳分泌を安定
産後にも、漢方は大活躍します。よこたクリニックでは地域の助産師さんが営む母乳相談所とも連携して育児のスタートを応援しています。
「きゅう帰調血飲などの漢方薬はマタニティブルーをやわらげ、母乳分泌を安定させ、産後の疲労回復や子宮復古も助けてくれます」
横田先生は、悩みを抱えるお母さんが来ると、脈、舌、お腹を触った感じなどを診てどんな薬にするか判断します。症状に対して決まった薬を出すのではなく、五感を使ってその人の身体を感じ取り、その個人に効く薬を決めるのが漢方の診察です。
保険からはずれたら、保険医の医療施設では漢方薬を出せなくなる
漢方が保険の適用からはずれたら、それは薬価が3倍以上になるだけではありません。
「混合診療が禁じられている今、保険を扱っている医師の診察では漢方薬が出せなくなります。漢方を使う医師は、診療に支障を来すことになりますね。自分の身体をよくわかってくれている薬局があり、そこから漢方薬を買えている方はいいでしょう。でも、それは慢性疾患で長期に渡って服用する方には大きな経済的負担です。適切な相談者なしに自分で飲み始めた場合は、間違った薬を飲み続ける人、副作用に気づかない人が出る恐れもあります。漢方に副作用がないというのは誤解で、使い方しだいでは危険性も生じます」
実は、漢方は経済的な医学
横田先生は、「今回、漢方薬がビタミン剤や湿布薬と同じものとして扱われたことが残念だった」と言います。
「漢方薬は、エキス製剤なら西洋医学の薬に較べて薬価も安く、薬の数が少なくてすみます。西洋医学はひとつの症状に対してひとつの薬が出ることが多く薬の数が増えがちです」
そうした高い経済性が知られていないことも、今回の判断につながったと思われます。
21世紀の医療に「伝統医学」は欠かせないもの
「医学は西洋医学だけではないのです。ヨーロッパにも、ホメオパシーという伝統医学があります。そのうちのいくつかが使用中止になりかかったことがありましたが、大きな署名運動が起きてその案は見直しになりました。
伝統医学は、西洋医学が使えない人や効かない人にも恩恵をもたらすことがありますし、従来の西洋医学と合わせて使うことでより良い効果が得られることもあります。21世紀の医療は、さまざまな医療を合わせた「統合医療」の実現がテーマです」
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